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戯画夏コミ企画をおうえんします♪
# by pieter-jupiter | 2006-06-22 12:12 | Game
メディアが作品を規定する ~エロゲー論~
こんにちは。どうもです。

今日はちょっと小論を書いてみようかと思っています。
テーマは、エロゲが切り開いたストーリーについて、です。

といっても、特定の作品に着目した話をしたいわけではありません。
私が今日取り上げたいのは、マルチエンディングというエロゲの本質的な特徴が、
ある種の物語を語る欲望を刺激し続けているという話です。

結論から言いますと、エロゲは「ループする物語」についての語りを
発達させてきました。物語がエンディングまでいくと、それが冒頭に繋がるような構造。
作品によってはそれが永遠に繰り返すという物語構造と、
その物語構造から抜け出すということ自体が目的の物語構造とを
併せ持っている場合があります。

そういう物語は、これまでにも映画や、小説などでも繰り返し扱われてきていた
ことを否定する趣旨ではありません。
ただ、エロゲというメディアは繰り返しプレイを前提としています。
その結果
A→A→A→・・・
という程度の物語構造ではなく、
A→A'→A''→A'''→A''''→・・・
といった少しずつ変化しながら動いていく世界、あるいは
A→A'→A''→A'''→A''''→B→B'→B''→C
といったようある閾値によって世界が急激に変化し
繰り返しの結果としてAの世界からBの世界に遷移し、
そして、さらにCの世界へ遷移する、といった
ループしながらも複雑に変化していく物語世界といったものを
自由に描くことができているのです。

このことの意義をもう少し詳しくみていきたいと思います。
そもそもエロゲのプレイヤーの体験は、メタレベルでは
A→A'→A''→A'''→A''''→・・・
という感じになります。
たとえば同級生2で考えると
いずみ→唯→洋子→・・・
といった感じになり、同じ世界でありながら攻略対象のキャラが
変わるごとに、異なった物語を体験することになります。

そこで、これは東浩之の指摘なのですが、とってもクレバーな人があらわれて
A→A'→A''→A'''→A''''→・・・
という物語の遷移自体に、メタレベルでの物語をくっつけてみようという
発想を得るに至ったのです。
すごく簡単に言うと、主人公は何らかの目的を達成するためAからA''''までのルートを
体験する必要があり、A→A→A→A→A→・・・といっても永久に
Aの世界から抜け出せないが、A→A'→A''→A'''→A''''と
遷移するとBの世界にいける、といった物語をくっつけてみたりするわけです。

東によれば、このようにメタレベルに物語を構築して繰り返しプレイそれ自体に
物語性を持たせるという方法論のはしりはelfの「この世の果てで恋をうたう少女 YU-NO」
だったとのことですが、この方法論の究極の到達点としてはKEYのCLANNADを
上げておきたいと思います。

このゲームではA→A'→A''→A'''→A''''とくるとBにいけるのですが、
Bは悲劇的結末になっているうえに、Bが終了すると
Aの世界での冒頭にまで戻されてしまいます。
(正確に言うとタイトル画面に戻る)
「物語がはじまるあの日に戻って、この子を助けなさい」みたいに言われて。
こうして、A→A'→A''→A'''→A''''→Bときた自分のプレイ体験が、
メタレベルのストーリーでは・・・→A→B→A→B→・・・とひたすら
繰り返してきたストーリーの一部分であることが顕になります。

さらに、このゲームは春樹の「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」を
インスパイアしていて、AおよびBの世界をプレイしている間に度々
「幻想世界」なる並行世界(?)の情景が唐突に挿入されてきて、
そこでルートAでの選択がBの世界に影響を与えていることが示唆されています。
(ちなみにこの場合のルートAというのはルートA'、ルートA''と区別される意味でのAで、
エロゲに詳しい人用に言うと、Aの世界でのメインヒロインルートを意味します)

で、これらの情報から、
プレイヤーに求められるのは悲劇的なエンドであるBを回避してAからBを通って
希望のあふれたCに抜け出すために、
Aでのチョイスを調整してB'およびB''を体験することであることに
うすうす気づかされることになります。
これも明示的には語られませんが、ルートAでの選択がBの世界に影響を与えていること、
およびゲームシステム上の関係でなんとなく示唆されています。

以上の物語構造を図式的に示すとこうなると思います。
A(0)→A'→A''→A'''→A''''→B→A(1)→B''→A(2)→B'''→C
とまあ記号化するとそんな感じなのですが。
結局、物語はプレイヤーがCに到達するために
A(0)→B、A(1)→B''といった世界を体験し、
あるいはA'、A''、A'''、A''''といったパラレルな世界を経験し、
そのようなサブ世界経験をメタレベルで蓄積してくことで
(具体的には光の玉を集めるというメタストーリー)
・・・→A→B→A→B→・・・→C
と、この循環する世界から抜け出すことができる、というものです。

実際にはもっとかなり洗練されたストーリーにのせてこれをやっているので、
興味あるひとはぜひ実際にやってみてほしいです。

ここでひとつ気づくのは、エロゲでメタレベルにも物語を用意しようとすると、
それは基本的に循環を前提とした物語となるということです。
CLANNADの先進性はA(0)→B、A(1)→B''といったより複雑な
階層構造を用意したことですが、A'、A''、A'''、A''''といったエロゲが
通常具備している「各キャラごとのルート」の並列構造においても
少なくともプレイヤーからの視点としては循環は存在していることは明らかです。
よってA'、A''、A'''、A''''を関連付けようとする視点は、
これらが循環しているという事実について自覚的となることは
無理もありません。

つまり、エロゲというメディアがこういう「循環」を語りやすいから
こういう物語が発達したというよりも、エロゲというメディアの存在と、
そこにメタストーリーを付与したいという発想が、世界の「循環」性を物語の
中核にすえた物語の誕生を刺激しているという側面が強いような気がします。
そして、「繰り返しの物語」はエロゲという自らの聖域において、
独自の発達を遂げてきたと考えることができるでしょう。

ここで培われたこれらの物語の蓄積は、これを語ることが可能な、
そして一般にも受け入れられるフォーマットを手にしたとき、
世界に衝撃を与えるような形でセンセーションを巻き起こすことになると思います。
いつになるかは分からないですけど・・・
# by pieter-jupiter | 2006-04-21 01:23 | 雑記
この青空に約束を 王道をいく
今日は「この青空に約束を」、戯画の新作です。

なんかこのブログ半分はエロゲについて書いているような気がしてきましたが
気にしない方針でw
このゲーム、戯画製作、テキスト丸戸、CGねこにゃん、主題歌KOTOKO、音楽I'veという
パルフェ、ショコラと同じ構成らしいです。そっちはやったことないんですけどね。
そういう雰囲気、系譜を受け継いでいるようです。

で、本作についてですが、一言で言うと良作ですね。
中でもテキストの構成とボイス、音楽がとても良い。

まずはテキスト。
単純に文章で勝負しようとして、勝負できてますね。
とあるキャラが主人公に呼びかけるとき
「航君、航くん、わったるくん」
と呼びかけるとか。
そういうとこに典型的に表れるように、結構繊細に気を使っている。

で、それがしっかり違和感なくボイスに載っている。
正直キャラと声質が合っていないケースが2、3人あるんだけど
それは声優さんの上手さを優先したからであったと思われ、
演技自体は物凄く上手い。とくに奈緒子。まあフィー姐さんだから無理もないがw
響きが計算されたテキストが、熟練の声優さんたちによって
心地よいリズムで語られていく。
抜群のテキストワークでした。

そしてその背景では、しっかりとした音楽が流れていく。

シナリオについては、一言で言うと「あんまり冒険していない」という感じかな。
いじったり深くしたりすることは出来るけど、
全体のバランスを保つためにあえてそれをしなかった、って感じでした。
一番顕著だったのは海己ルートだと思うんだが。
ある意味ストイックなまでに全ヒロイン平等を貫いたと言えば、
褒めたことにはなるんだろうけど。
でもその分不快感とか全く感じることなくクリア。
不快感と言えば、エロゲで意外と不快感の元となるシステムについても
俺がこれまでやった中では最高レベルのものを使ってたんで、
ほとんどストレスを感じなかった。

ここに
「減点法で評価すると物凄く高評価となるゲーム」が誕生したのです。

んで、一応キャラ別の評価ってのを。
シナリオとして評価するとルート別では
海己>静≧さえちゃん>奈緒子=茜>宮>凛奈って感じになる。

ただこのゲームの特徴は、個別のルートに入っても他のキャラが
どんどん重要な役を果たすってところなんですよね。
最後まで、7人で話を進めていく。
そういう点にフォーカスした、
他キャラのルートでのかっこよさというかキャラ自体の魅力としては
さえちゃん=奈緒子=海>宮>茜>凛奈=静
という感じになるのかな。
この2点で評価が大分違うのがこのゲームの最大の良さだと思うw

特にさえちゃんと奈緒子が他の個別ルートで毎回重要な役割を果たす。
寮長として、親分として。
(さえちゃんはさえちゃん個別ルートのさえちゃんより静ルートのさえちゃんのほうが
全然好きだったりするw)
で、海は海でいい。
宮は会話のリズムを整えるのに凄く重要な役割を果たしている。ボランチみたいな感じ。
茜は・・・まああの早口言葉が好き。

茜と言えば、この物語のもう一つの物語の主役である茜。
一応つぐみ寮の物語が終わった後に、プレイヤーはかなりの違和感を感じていることに
なるんだけど、その違和感が一気に解消していくカタルシスが味わえるのが
茜シナリオ。見事にだまされましたw
しかし、茜シナリオを経験してから本編での茜の行動を見直してみると、
なかなかクるものがあるよーな。

いやまあ、最大の違和感が「なんで凛奈が主人公なんだろう?」だったんだけど(笑)
メインヒロインはどう考えても海己なのにね。
でも・・・

「ああ、囮だったんだな凛奈は」

囮が敵(プレイヤー)をひきつけている間に、
作者は、一人の女の子をエンディングの向こう側に走りこませることに成功したわけで。
What a Cool Run! と褒めたいです。
# by pieter-jupiter | 2006-04-07 01:04 | Game
こなたよりかなたまで
今日は「こなたよりかなたまで」です。



ネットで非常に評判が良かったのでどうしてもやりたくなり
ヤフオクで競り落としてなんとか手に入れた「このかな」。
定価より高い値段出してしまいました・・・

というわけで異常に期待した状態ではじめたこのかなですが、

>あまり大きくない地方都市。そこにある一軒家に1人で住んでいる遥彼方。
>両親は他界し天涯孤独の身だったが、そのことにめげる事無く丘の上の
>小さな学園に通いながら友達に囲まれ楽しく過ごしていた。
>ある時、彼の上に思ってもみない事実が圧し掛かる。驚愕し混乱するものの、
>何とか心の平静を取り戻した彼は1つの決断を下す。
>可能な限りこの現実を守ろう、と。それからしばらくたったある冬の日、
>主人公は1人の少女と出会う・・・

というお話でした。
結論から言うと、良作という感じでした。
まず感じたのは作画のクオリティが非常に高い!ということ。
普段KEYのいたる絵で飼いならされている身には
かなりキました。立ち絵でこんなに萌えるんですねという感じ。
(逆にイベントCGはそうでもない、という感じもした)

ただ、最初にCGを褒めるというあたりが微妙な評価を示しているかと。
普通に4500円で、しかも何も予備知識もなくやったとしたら
大いに満足したと思いますが、
これだけ期待してやってみると、やや肩透かしを食らった感じも
ありまして・・・
尺が短いってのもあるんでしょうけどね。
地の文が多いゲームってのに慣れてないのもあるかもしれない。

あと個人的に最大の問題点だと感じるのは、
非論理的な選択肢かと。種ばらしされてもある選択肢がその後の展開を引き起こすことが
納得できない、というのがほとんどでした。
そういうのだと、選択肢があってるかわからないから
ゲームやってて不安になるんですよね・・・
# by pieter-jupiter | 2006-03-10 02:41 | Game
本格推理委員会
今日は日向まさみち『本格推理委員会』です。

ユリイカの西尾維新特集の巻で紹介してあって読みたいとは思っていたんですが、
たまたま大学近くのブックオフで売ってたんで買ってみました。

ヘビーに萌要素が強い、
つか疲れるぐらい大盛りな萌えでした・・・
良くも悪くも基本に忠実という感じなのかな。

あと表紙が物凄くいいんですが
(まあこれをいいと言うのも・・・まあいいや)
これもライトノベルミステリーの伝統に忠実というか、
ある種の表紙ネタバレなんですよね。
が、その意味するところを考えると、それなりに感慨深いものが。

# by pieter-jupiter | 2006-03-06 20:08 | Books 小説
半分の月がのぼる空  街と人の、紡ぎだされる物語
俺は松江の人間です。
通っていた高校は、まあいわゆる地方進学校ってやつで、
東京志向の強い高校だったのもあり、結構東京に出ている同級生がいました。

大学の間とかも、結構向こうで会ったりする機会があり。
そんな友達との会話の中で、妙に印象に残っているのがあります。

「どーするの将来?松江に戻る?」
「戻ってもねえ。しごともやることもなさそう」
「あそこは愛の街だからねえ」
「愛の街って?」
「遊ぶとことか他になにがあるってわけじゃないから、家族で過ごしていかなくちゃ
いけないわけじゃん。愛しかないんだよね。
愛に生きられる人はそれでもいいんだけど、
わたしは愛に生きられそうもないから、こっちでやっていくよ」

彼女は就職とかでかなり苦労してましたけど、
でもなんとか、仕事をみつけたみたいで。
東京で、ちゃんとしっかり働いてるみたいです。


と冒頭からこんな感じですけど、今日は橋本紡の「半分の月がのぼる夜」です。
この前6巻が出て、本編が完結しました。
今回は6巻を読むにあたって、1巻から読み返してみました。


この物語は
>いきなり入院した。僕にとってはちょっと早い冬休みみたいなもんだ。
>病院には同い年の里香って子がいた。彼女はわがままだった。
>まるで王女さまのようだった。でも、そんな里香のわがままは必然だったんだ…。
>里香は時々、黙り込む。砲台山をじっと見つめていたりする。
>僕がそばにいても完全無視だ。いつの日か、僕の手は彼女に届くんだろうか?
>彼女を望む場所につれていってあげられるんだろうか―?
というような感じではじまります。

普通に考えると何度も語られすぎた類の物語なんだけど、
でも、俺は、これはすごく好きな物語なんですよね。

以下、手加減しててもしょうがないのでネタバレ全開で。



物語が不治の病を扱うとき、たいてい奇跡を起こして治してみるか
(「起こらないから奇跡って言うんですよ」)
一方が死んでしまって残されたものを
世界の中心で叫ばせてみたりするわけです。

だけど、この物語では、
冒頭に溢れていた死の予感をやや乗り越えはしますが、
かと言って里香の病気を治るわけでもなく。
裕一と里香は、里香の命が終わるまでの
「長くもないよ。でもそんなに短くもないよ」
という時間を、いっしょに生きていくことを選びます。
それは裕一にとって
「すべてを諦めなくちゃいけなくなるよ」
ということを意味しているけど、
でも裕一に生まれ故郷の伊勢で、
里香と一緒に暮らしていくことを選ぶのです。

17歳の裕一にとって、それは自分の生まれ育った、
廃れゆく何もない伊勢から抜け出す機会を放棄することを意味している。
この物語のメインは裕一と里香が一緒に生きていくことを選ぶところに
あると思いますが、この地方の高校生の揺れ動くメンタリティーが
サブの、それでいてメインに匹敵するぐらいのテーマだと思います。

で、ちょっと冒頭の会話を思い出したりしたわけです。
地方出身者には、こういう地方高校生的なメンタリティーが
たまらなかったりするんですよ。

作者自身があとがきで認めているように、6巻はあってもなくても
いいようなところがあります。5巻で完結する予定だった、と。
でも作者は、シリーズとしての構成の美しさを犠牲にしても、
6巻で描きたかったものがあると言ってました。
結構この作者、無駄に不必要でも、
自分が書きたいと思うものを書かないと収まらないという傾向があるみたいで。
まあでも描きたかったものが「長くもないよ。でもそんなに短くもないよ」という
日常なんだとすると、ロスタイムとして、これもありかなという気がしました。
ただ、作者があとがきで自ら「蛇足かも知んないけど」と言ってたのは興ざめ。
作者はあとがきで言い訳なんてするべきではないと思うんですよね。

実は結構今回6巻に向け気合入れてて、ここ数日で
1巻から5巻まで読み返してたんです。で、割とスムーズに物語の終わりを
迎えることができました。
読み返していていろいろ気づくことも多かったんですけど
(夏目の設定が2巻だけ浮いてるとか、サブタイトルが全部別とか)
この物語はやっぱり、4巻にクライマックスだったような。
あらすじのところで
「それは失った者と、これから失おうとする者の想いが交錯する夜だった」
って書いてありましたけど、4巻ではその交錯を
うまく書き切っていたと思う。


なんかもうグダグダですね。
作品とは距離をとって接したいとは思うんですけど、
なかなかうまくいかない時もあります。


話は変わりますが、この物語は物語です。当たり前ですけど。
でも、とにかく物語である、物語を紡ぎだすことに誠実であることも、
一つの物書きのあり方であると思います。
ここから橋本紡どこに向かうかは知りませんけど、
橋本が物語を紡ぎだすことに誠実であろうとする限り、
彼の物語は読んで行きたいと思います。

というのも、今の彼からはやや迷いが感じられます
技術で、文章で、世界観で勝負するためには相当の力が要ります。
書きたいことがあっても、書けないことって多いと思うんですが、
そのギャップを埋めるのは才能と努力しかない。
橋本が書きたそうにしているものを、橋本は書けるのか。
今年いろいろやるみたいですけど、その途上を見守るのも
結構楽しいかなと思ったりもするんですけど。

いやほんとに支離滅裂ですね。
まあ今日はこんなところで・・・


# by pieter-jupiter | 2006-02-15 01:09 | Books 小説
ゆびさきミルクティ やはらかな変態性
今日はゆびさきミルクティ、宮野ともちかです。

この作品は、簡単にまとめると女装趣味の美形男子が幼馴染の女の子と
同級生の美少女との間で揺れ動く、というものなんですけど。
揺れ動き方がちょっと尋常ではない。変態的、と言ってもいい。

もちろん、これはそのまま変態的な性愛を描いているというわけではない。
ただ本作品における主人公の欲望のあり方と、それを「甘やかす」周囲のあり方が
とてつもなく変態的なんですよ。
世界観を飛び越してその変態性がつっぱしってて、そのギャップを感じます。

一言で言うとですね、
この作品は作者が狙っている以上に変態な感じに仕上がっているんですよ。
作品内部に込められたキャラクターの自意識が、作品世界に収まりきらなくて
消化不良を起こしているとでも言うべきか。
この消化不良って80年代の漫画とかでも感じられるんですけど、
たとえば原秀則の『冬物語』とかって主人公のネガティブな内面が、
ほんとうはすごいヒッキーなんだけど、
80年代に舞台設定されている関係で強引に動かされてる感じになる。
世界観とキャラクターの分離が、キャラクターの突っ走る形で行われている。

さあどーなるのかなこれ。
最近の変態的なテーマを描いた作品は登場人物たちが
自分たちの変態性に自覚的だから困る、
もっとpureで根源的で無垢な変態性をみたい、
と思っている困った人たちにお勧めな作品だといえるかと思います。
# by pieter-jupiter | 2006-02-04 14:01 | コミック
2005年のランキング
どーも。
2005年が終わったというところで、昨年中に僥倖であった作品との出会いを
まとめておこうと思いました。

小説
今年は一般文芸はほとんど読まず、ラノベばっかり読んでいたと思います。
そんな中で一番良かったのは西尾維新の『クビシメロマンチスト』ですかね。
シンプルでいて美しく、それでいて衝撃の物語構造と、
「殺人者」との対話。これまでのラノベの展開は
この作品を用意するためにあったのではないかと思います。
一般書籍はそれこそほとんど読んでないのですが、
そんな中、古川日出男の『LOVE』は久しぶりにポスト春樹を感じさせる
ポテンシャルを感じました。圧倒的な物語の予感を、
上手に着地させているという印象。
台詞もかっこいいし、暗喩に満ちている。
なにより物語に溢れる疾走感が良かった。

アニメ
全体のクオリティから考えるとAIRになると思いますね。
さほど観ていない、というのもありますが。

ゲーム
そんなに大量にやっているわけではないので微妙なのですが。
やったゲームでいうとKANON、CLANNAD、智代アフターに
なぜかドラゴンクエスト1です。携帯でダウンロードできたので・・・
それぐらい。
掛かった時間、期間が長かったし、割合世界観が統一されていたので
物語世界にどっぷりつかるというゲームをする上での最大の至福を
思う存分味わえたという点で、『CLANNAD』を推します。

コミック
年度代表という感じのはないですね。
俺もヲタ暦が長くなってきて、男子・男性系コミックに関しては
新たな発見がなくなりつつあります。
そんな中新たなフロンティアを求めるべく少女・女性系コミックにも
手を出しています。昔から二宮ひかるや志村貴子、こいずみまりを
読んでたんでそういうの結構好きなんだと思いますけどね。
一番の発見は林みかせの『地球行進曲』だったと思いますね。
男性作家では絶対に描けないやわらかい雰囲気と、人間に対する
信頼が素敵です。
一方週刊連載漫画ではマガジン連載、日向武史の『あひるの空』が
気に入っています。王道熱血スポーツ漫画でスラムダンクの焼き直し
というつっこみもあるようですが。
この作者は週刊18ページの中での盛り上げ方を知っています。
台詞もかっこいいし、長く読んでいきたい作品ですね。
しかし年度のベストについては、幸村誠の『ヴィンランド・サガ』を推したい。
迫力と興奮に満ちた、新しいサーガの誕生を期待しつつ。

ドラマ
今年も結構みましたね。
当初不安視された『電車男』がはっちゃけまくってましたが
かなり会心の出来になっていたことは特筆に価します。
クドカンの『タイガー&ドラゴン』もちょっと疲れましたが良かった。
最終回に虎二が喫茶店で3年間刑務所で練習し続けた落語を
喋りだすシーンは年度最高の名場面だったと言っていいでしょう。
作品としてベストは『いま、会いにゆきます』。
ミムラの好演が光りました。一応、物語が論理的にまとまっているところも好感。
つか最近アニメやらゲームやらの舌足らずな物語展開に慣れてしまっているけど
日曜午後9時台のドラマとして一般視聴者に納得してもらうには
あれぐらいには論理的に物語構造を説明しないといけないんでしょうね。


総括すると、今年は7割の出来の作品に沢山であった、という感じですね。
一年間ほとんど退屈をすることはなかったのですが、
放心状態になるぐらい満足したこともない。
今年度は体験したあとに1週間ぐらい何も出来なくなるような精神的影響を
与える作品に出会えたらいいな、と思っています。
# by pieter-jupiter | 2006-01-09 13:50 | 雑記
∀ガンダム 月には繭、地には果実
今日は∀ガンダムです。
といっても福井晴敏のノベライズ版なんですけど。

何年ヲタやってるんだと怒られそうですが、
ガンダムをシリーズ通してちゃんと観るのはこれが初めてです。
断片的には知識があるんですけどね・・・
長さが適度というのと、福井晴敏が書いているということで
読んでみました。


で。感想。
∀ガンダム強すぎ、これですね。
ここまで圧倒的な主人公のメカは初めてです。
圧倒的な火力、自己修復機能、そして瞬間移動。
そして敵っぽいのはいるけど、敵は存在しないという
変な物語構造。敵か味方か分からない、というわけではなくて、
どっちかっつうとみんな中途半端という感じかな。
こんなにするつもりじゃなかったんだけど、
引っ込みが付かなくなって暴走、そして死ぬ、
みたいなキャラが多い気がしました。

いや、おもしろかったですけどね・・・
# by pieter-jupiter | 2005-12-27 02:55 | Books 小説
交渉人真下正義  ひかりのまちで 
今日は交渉人真下正義です。

踊る大捜査線シリーズのサイドストーリーのような感じです。
踊るシリーズのいつものわくわくするストーリに加えて、
今回は映像が綺麗だったのが印象的。
秋葉原、渋谷、六本木、代々木、新宿、そしては丸の内。
突撃担当の木島チームはクリスマスの光溢れる東京を縦横無尽に走り回って
犯人を追いかけていきます。
(ただ真下自体は"基本的に"地下にこもってますが)
ちなみに、偶然にもこのブログのロゴ画像の写真の場所
(東京国際フォーラムの東京駅側の"光の廊下")
はこの映画のクライマックスシーンで使われていました。
ここは個人的に東京で一番好きな場所のひとつなんで、
無駄に嬉しかったですわw

さて何はさておき、本作は機動警察パトレイバーの劇場版の影響をものすごく受けていると
思いますね。その映像の作り方とか、戦闘シーンとか、トリックとか、
犯人とか、そして一番似ていると思うのは「鳥」ですね。
映像への鳥の入れ方が似ています。
実際にみてもらうと、ところどころで鳥(カラス)が
結構効果的に入ってきてるんですよ。
これは両方に通ずるものがありますね。

もともとテレビドラマ版の踊る大捜査線を作ったのは
パトレイバーのような警察官の日常を描きたかったのもある、
というように監督が言っていたのを読んだことがあります。
本作はそれ以上に、もっと根本的に相通じるものを感じますね。
ただ、様式は似ているとしても、描き方は似ているとしても、
描いたものは決定的に違うと思いますね。
それはバブル絶頂期、まだまだ「未来」があるかもねと
思っていた80年代末に生まれた作品と、
21世紀になってしまい何も新しい日常は生まれないことを悟った
2004年に作られた作品との違いなのだと思います。
興味がある人は見比べてみるとよいかと。

で、本作を褒めるとすると。ラストが割と良かったです。
劇場版第二作「レインボーブリッジを封鎖せよ」のラストが
終わらせるためだけに終わらせた
グダグダな感じだったのが激しく気に入らなかったので、
どうせならこれぐらいやってくれて良かったですわ。
誰にでも薦められるタイプの映画だと思いますねー。
# by pieter-jupiter | 2005-12-17 02:16 | 映画


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